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「言葉」と「行動」
 9月下旬に発覚したカネボウの美白化粧品の問題に関する社内文書に書かれ
ていた損害賠償請求の可能性のある被害者を「地雷原」、その問題を追及する
報道を「無差別報道」と批判したという報道。「地雷原」と称したのは問題発
覚直後の報道を受けてとのことだという。多分、こうした認識が当初からの対
応を誤らせ後手後手に回った原因の一つともいえるのではないか。

 こうした“暴言”に近い、不健全な発言─前環境大臣の「最後は金目」、東
京都議会のセクハラヤジ(ちなみに東京都議会で男女共同参画推進議員連盟会
長の自民党都議も「ぼくも…」的発言をして火消しに大わらわ)にしても─い
つも思っていること─が、ついつい出てしまうのであって、少なくとも失言と
はとても思えない。なぜなら、考えてもいない、言葉としてもっていない(考
えたこともない)脳には、その言葉はないからである。普段からそうした考え
や認識を持ち、言葉にしていた可能性は高い。

 ましてや、カネボウの子会社での問題では、「地雷原」発言は会期資料に記
載されたものであり、その会議の出席者からは不適切さを指摘した発言は出な
かったという。まさに、この会社の体質であり、普通の、日常的な言葉で、あ
るいは、本当に被害者をそう認識していたのだろうと思う。

 多くの会社で研修を担当させていただく中で、ときには耳を疑うような言葉
を発する(お客様が聞いたら卒倒する、二度とその会社から物を買わない)人
がいる一方し、接した範囲だが、真摯に顧客や物作りに向き合う人の多い会社
も多い。そうした会社へは講師としてという以上に、一生活者、一購買者とし
てファンになることも多々ある。

 いつも言うことだが、CMのメッセージも含めて「言葉」と「行動」は大きな
影響をもつ。


             (2014/10/06 人材開発メールニュース第796号掲載)


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